自分は人並み以上に能力がある!

と、錯覚していた。

今だから白状できるが親父とお袋は長男である自分の前に1人流産している。

また、弟の下にも妹か弟外がいたらしい。

お袋から直に聞いた話で弟は知らないだろう。

余り、血液型とか性格診断のようなものは自分は信じない。

然し、嫌っている訳ではなく、逆で“今週はこんなことに気を付ければ好いんだな”と言う、思考回路になっている。

唯、我が家族の中では親父と弟はB型でお袋と自分がO型である。

血液鑑定や性格診断は基本的に従わない、が目は通す。

今や誰も知らないことだが、お袋は自分の前に独り・弟の後に独りを流している。

多分、細くてか弱いと見えるお袋は妊娠・出産の出来事を軽く考えすぎたのかも知れない。

だから、自分は長男だが戸籍上は自分の兄か姉がいる。

同時に弟にも妹か弟がいたらしい。

そこら辺の経緯や親父やお袋は基本的に話さなかった。

別に恥ずべきこととも思わないが、親父以上にお袋の身体と精神にはダメージがあったろう。

自分がその、いたかもしれない兄か姉に弟の下にいたかもしれない妹か弟は何故、流産したのか?

お袋は生前、一言も言わなかった。

親父も同様。

夫婦で取り決めがあったと想像する。

細かい話だが、親父とお袋が一緒になったのは昭和34年である。

自分が生まれたのは八王子だが、東京オリンピックの歳=昭和39年。

弟は早生まれで昭和42年の1月生まれである。

自分が誕生した辰年は悪いことがないらしい。

昇り龍?

折しも、東京オリンピックの歳で自己紹介が簡潔に済む。

対して、弟は丙午である。

ご存知の方は言うまでもないが、丙午と言うのは延期が良くない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%99%E5%8D%88

この為、弟は1月生まれなのに“丙午?”と言うだけで敬遠される。

分かり易く言うと、早生まれの丙午は人数が圧倒的に好くない。

巳年は好いんだが、丙午は一般に敬遠される。

が、好いこともある。

自分は中学が奈良最大で13クラスで弟の学年は11組しかない。

競争率が生まれつき低い。

にも拘らず、弟は1月生まれの未年なのに同級生が2クラス分ない。

自分もその上も下も中学で13組だ。

弟は11組しないので自ずと競争率が低い。

が、と言うべきか?にも拘らずか?弟の学年の早生まれは圧倒的に少ない。

自分の生まれた辰年は逆に爆発的に人間が多い。

昇り龍は縁起物で喜ばれるのに、未年は味噌っかすみたいな…

逆に言えば、弟の学年は進学者が少ない。

のに、1月生まれの弟は少数派。

当たり前だが、12月までに生まれた子供が多いから。

世間はどう見るか?

学術的には以下参照。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%99%E5%8D%88

かなり有利な筈なのに弟は1浪している。

普通の大学じゃなく、日芸日本大学芸術学部の出身だから。

で、弟は自分の変人ぶり以上に変人を越えている。

一寸、おかしいレベル。

10年以上、弟と会話はないがこちらが常人なら無効な良く言って宇宙人でアホに近い。

何しろ、価値観が昭和の42年生まれとは思えないぐらいに稚拙・独断・聞く耳持たず。

と、貶すが弟は学年的には昭和41年生まれと同窓。

何しろ、芸術学部出身とあって、合わない。

自分だけでなく、社会一般と。

結果として、何年会っていないか?

何年会話がないか?

互いに正月や盆にGWを含めて“会おう”とも思わないし、会っても話が5分で終了。

この丙午と言うのは、実に問題が多く明治34年だったか、生まれと干支が一緒。

この2人が家にいると喧嘩以前。

爺様は自説を曲げないし、弟は聞き耳を持たない。

自分は小学校の時から弟と会話が乏しい。

話しのネタがないんだもの。

共通する話題に内容など全て社交辞令で、話を必要としない。

で、最後だが弟が変人に感じるだろう。

確かに常人を越える。

然し、自分も負けず劣らずで他と迎合しない。

念の為に書き添えれば

父方の祖父=琉球脱藩⇒大阪市立工業高校だったかな。

父方の祖母=紀州は和歌山出身の農家=当時の言葉なら百姓

で、今度はお袋方

お袋は群馬の桐生出身=若くして逝く

その下の叔母・叔父は腹違いで埼玉の蕨の出。

婆様は全く学がなく、爺様に虐げられていた。

沖縄出身だが、二本差しではないが武士で琉球王朝に仕えていたとか

話によると沖縄本島に古墳のような墓があるとか?ないとか?

親父は早稲田の二法=夜学卒

伯父は満州から北京大学へ⇒所謂、赤

叔父は都立から法政の二部ではなく、昼間の出身

序に加えると

伯父=シベリア戦死

伯母=千葉の農家に嫁いだ⇒自分が居候した家

伯母=離婚を経て80歳を過ぎて逝去

お袋方の方はこれまた不明が多く。

お袋=群馬桐生の出身⇒養蚕家

叔父・叔母はお袋と腹違い。

祖母=お袋の母⇒群馬は桐生出身の養蚕家

と、聞いている。

最後に親父=50歳でお袋と死別

今年、お袋と同じ年齢だけ馬齢を重ねた。⇒享年52歳

今の俺と同い年だな。

親類縁者は沖縄本島にかなりいるらしいが、面識のある方はいない。

最後。

爺様はどういう手段か琉球(沖縄ではない)から脱藩して最期は区営住宅住まい。

生前、その爺様の兄に会ったことが一度だけある。

2時半だな!

寝なきゃ!